セルテラピー未来図鑑

iPS/ES細胞が拓く疾患特異的薬剤応答性予測:テーラーメイド医療・創薬スクリーニングへの応用

Tags: iPS細胞, ES細胞, 疾患モデル, 薬剤スクリーニング, テーラーメイド医療

はじめに

薬剤開発や臨床における薬剤選択において、個々の患者や疾患サブタイプ間での薬剤応答性の違いは大きな課題となっています。有効性の低い薬剤が投与されたり、予測できない副作用が発生したりすることで、治療効果が限定されたり、患者さんのQOLが損なわれたりすることがあります。iPS細胞やES細胞を用いた疾患特異的モデルは、このような課題に対し、従来のin vitro/in vivoモデルでは困難であった、より生体に近い環境での薬剤応答性評価を可能にする技術として注目を集めています。本稿では、iPS/ES細胞がどのように疾患特異的な薬剤応答性予測に貢献し、テーラーメイド医療や創薬スクリーニングをどのように変えうるのかについて概説します。

iPS/ES細胞を用いた疾患特異的モデルの構築

iPS細胞やES細胞は、様々な細胞種へと分化誘導する能力(多分化能)を有しています。この特性を利用することで、特定の疾患を持つ患者さん由来の体細胞からiPS細胞を作製し、疾患に関連する細胞種(例えば、神経疾患であればニューロンやグリア細胞、心疾患であれば心筋細胞、肝疾患であれば肝細胞など)へと分化させることが可能です。これにより、患者さん自身の遺伝的背景や疾患特異的な病態を反映した細胞モデルや組織モデルをin vitroで再現できます。

さらに、近年発展が著しいオルガノイド技術を用いることで、より立体的な組織構造や複数の細胞種からなる複雑な微小環境を模倣したモデルを構築することが可能になっています。これらの疾患特異的な細胞モデルやオルガノイドモデルは、生体内の病態をより忠実に再現するため、薬剤に対する応答も生体に近いものとなることが期待されます。

薬剤応答性予測への応用

iPS/ES細胞由来の疾患特異的モデルは、主に以下の二つの側面から薬剤応答性予測に応用されつつあります。

1. 個別化医療における薬剤選択支援

特定の疾患を持つ患者さん由来のiPS細胞から疾患関連細胞を作製し、複数の候補薬剤や既存薬に対する応答性を評価することで、その患者さんにとって最も効果が高く、副作用が少ないと予測される薬剤を選択するための情報を提供できる可能性があります。例えば、特定の遺伝子変異を持つ患者さんの細胞モデルを用いて薬剤スクリーニングを行い、その変異に対して有効な薬剤を同定するといったアプローチが研究されています。これは、従来のコンパニオン診断では捉えきれなかった、細胞レベルでの薬剤応答性の違いを明らかにする上で強力なツールとなり得ます。

2. 創薬スクリーニングの高精度化

疾患特異的な細胞モデルやオルガノイドモデルを用いることで、新規薬剤候補化合物の有効性や安全性を、より臨床に近い状況で評価できます。これにより、動物実験に進む前段階での候補の絞り込み精度を高め、開発コストや時間を削減できる可能性があります。特に、ハイスループットスクリーニング(HTS)システムと組み合わせることで、多数の化合物を効率的に評価することが進められています。また、特定の疾患サブタイプに特異的に作用する薬剤の探索にも役立ちます。さらに、iPS/ES細胞由来モデルは、特定の薬剤が標的以外の臓器に与える影響(オフターゲット毒性)を評価するためのモデルとしても有用性が示されています。

課題と今後の展望

iPS/ES細胞を用いた薬剤応答性予測は大きな可能性を秘めていますが、実用化にはいくつかの課題が存在します。まず、疾患特異的モデルの構築には、安定した効率的な分化誘導技術の確立が必要です。また、細胞モデルが生体の複雑な環境(免疫細胞との相互作用、血流、全身の代謝など)を完全に再現できるわけではないため、in vitroでの評価結果をin vivoでの応答に正確に外挿するための検証が不可欠です。さらに、患者さんごとに細胞モデルを作製・評価するプロセスはコストと時間を要するため、これを効率化・標準化するための技術開発も求められています。

これらの課題に対し、シングルセル解析による細胞多様性の詳細な解析、マイクロ流体技術を用いたチップ上の臓器(Organ-on-a-chip)の開発、機械学習やAIを用いたデータ解析による予測モデルの構築など、様々なアプローチで克服が試みられています。

結論

iPS/ES細胞技術は、疾患特異的な細胞モデルやオルガノイドモデルの構築を可能にし、薬剤応答性予測の精度向上に貢献する技術として期待されています。これは、より効果的で安全な個別化医療の実現や、効率的な新規薬剤開発に繋がるものです。基礎研究段階から、前臨床、そして将来的には臨床応用へと進展することで、多くの患者さんの治療成績向上に貢献する未来が拓かれると展望されます。今後の研究開発の進捗が注目されます。