セルテラピー未来図鑑

iPS/ES細胞が拓く肺疾患研究:病態モデルと再生医療へのアプローチ

Tags: iPS細胞, ES細胞, 肺疾患, 再生医療, 病態モデル, オルガノイド

はじめに

日々の臨床業務、お疲れ様です。セルテラピー未来図鑑編集部です。

本サイトでは、iPS細胞やES細胞の研究が拓く未来の医療について、臨床の最前線でご活躍される先生方にも分かりやすく、かつ正確な情報を提供することを目指しております。再生医療や細胞治療の進展は目覚ましく、自身の専門外の研究動向であっても、その全体像や可能性を効率的に把握したいというニーズにお応えできれば幸いです。

今回の記事では、これまで循環器や神経領域での応用が注目されることの多かったiPS/ES細胞研究の中から、肺疾患に焦点を当てて解説いたします。複雑な組織構造と多様な細胞種からなる肺の疾患は、その病態解明や新規治療法開発に大きな課題を抱えていますが、iPS/ES細胞技術がこれらの課題克服にどのような可能性をもたらしているのか、病態モデル構築と再生医療へのアプローチを中心に概観します。

iPS/ES細胞を用いた肺疾患病態モデルの構築

肺は、呼吸上皮細胞、血管内皮細胞、間葉系細胞など、多数の細胞種が複雑な3次元構造を形成しており、生体外での正確なモデル構築は困難でした。しかし、iPS/ES細胞から効率的にこれらの肺構成細胞を分化誘導する技術が進展し、状況は変わりつつあります。

特に注目されているのが、iPS/ES細胞から誘導した細胞を用いた肺オルガノイドの構築です。オルガノイドは、ES/iPS細胞を特定の条件下で培養することで自律的に組織構造を形成するミニ臓器であり、生体内の組織構造や機能の一部を再現できます。肺オルガノイドは、気道や肺胞様構造を持つことが報告されており、様々な肺疾患の病態メカニズム解析に非常に有用なツールとなり得ます。

現在、肺オルガノイドを用いた研究は、嚢胞性線維症、肺線維症、COPDなどの遺伝性・後天性肺疾患の病態メカニズム解析や、薬剤応答性の評価、新規薬剤候補のスクリーニングなどに活用されています。患者さん由来のiPS細胞から作製した疾患特異的オルガノイドを用いることで、より個別の病態を反映した研究が可能になり、精密医療への応用も期待されています(主に基礎研究・前臨床研究段階)。

iPS/ES細胞を用いた肺疾患の再生医療へのアプローチ

病態モデル構築に加え、iPS/ES細胞から誘導した肺構成細胞を損傷した肺組織に移植することで、失われた組織の機能を回復させる再生医療への応用も検討されています。

主なアプローチとしては、以下のようなものが挙げられます。

これらの再生医療アプローチは、まだ研究の比較的初期段階(主に基礎研究、一部前臨床研究)にありますが、動物モデルを用いた実験では、移植したiPS/ES細胞由来細胞が生着し、病態を改善させる可能性が示されています。

臨床応用に向けては、細胞の安全性(腫瘍化リスクや免疫原性)、生着率と機能獲得効率の向上、適切な移植方法の開発、そして倫理的な課題など、克服すべき点が多数存在します。

展望と課題

iPS/ES細胞研究は、肺疾患の病態理解を深め、新たな治療法を開発する上で、これまでにない可能性を拓いています。特に、患者由来iPS細胞を用いた疾患モデルは、個別化医療の実現に向けた重要なステップとなります。

今後の研究では、より成熟した肺構成細胞を効率的に誘導する技術や、より複雑な肺組織構造を再現できるオルガノイド技術の開発が進むと考えられます。また、ゲノム編集技術との組み合わせによる遺伝子治療を兼ねたアプローチや、炎症応答や免疫応答を考慮した細胞移植戦略なども重要な研究方向となります。

臨床医の先生方におかれましても、これらの基礎研究や前臨床研究の動向にご注目いただき、将来の臨床応用に向けて基礎研究者との連携や、患者さんへの適切な情報提供の準備を進めていただくことが期待されます。

まとめ

本記事では、iPS/ES細胞が肺疾患の研究と治療にもたらす可能性について概観しました。病態モデルとしてのオルガノイドの活用は、疾患メカニズムの解明や創薬スクリーニングに貢献し、細胞移植による再生医療は、損傷した肺組織の修復という新たな治療選択肢を提供する可能性を秘めています。

まだ多くの課題がありますが、この分野の研究は着実に進展しており、将来的に難治性の肺疾患に苦しむ多くの患者さんの希望となることが期待されます。引き続き、セルテラピー未来図鑑では、再生医療や細胞治療の最新動向について分かりやすくお伝えしてまいります。