iPS/ES細胞が拓く移植細胞の免疫原性制御:再生医療の臨床応用へ向けた戦略と展望
はじめに
iPS細胞やES細胞といった多能性幹細胞を用いた再生医療は、難治性疾患に対する新たな治療法として大きな期待を集めています。これらの細胞から目的とする組織や臓器の細胞を分化誘導し、患者さんへ移植することで、失われた機能の回復を目指す研究が精力的に進められています。しかし、細胞移植による再生医療の臨床応用においては、移植された細胞がレシピエントの免疫系によって拒絶される「免疫原性」が重要な課題の一つとなっています。
本記事では、iPS/ES細胞由来の移植細胞における免疫原性の問題点と、その克服に向けた現在進行中の多様な研究戦略について概説し、再生医療の臨床応用への展望を考察します。
iPS/ES細胞由来移植細胞における免疫原性の課題
生体内に自己ではない細胞や組織が移植されると、レシピエントの免疫系はそれを非自己と認識し、排除しようと攻撃を開始します。これが移植拒絶反応です。iPS/ES細胞由来の細胞を移植する場合も、この免疫拒絶のリスクが伴います。
特に、他家(ドナー)由来のiPS/ES細胞から分化させた細胞を移植する際には、ヒト白血球型抗原(HLA)の不一致が主な原因となり、強い拒絶反応が引き起こされる可能性があります。これは臓器移植と同様の課題であり、免疫抑制剤の継続的な服用が必要となる場合が多くなります。免疫抑制剤は感染症リスクの増加など副作用も伴うため、再生医療においては可能な限り免疫抑制剤への依存度を減らすか、不要とすることが理想的とされています。
また、興味深いことに、患者さん自身の体細胞から樹立した自己由来iPS細胞を用いた場合でも、完全に免疫拒絶が回避できるわけではないことが報告されています。これは、iPS細胞樹立過程やその後の分化誘導過程で生じる遺伝子変異やエピジェネティックな変化、あるいは細胞特異的な抗原の発現などが、わずかに免疫原性を引き起こす可能性が示唆されています。
さらに、未分化な状態のiPS/ES細胞や、腫瘍化能を有する不純物が混入している場合、それらが免疫系によって認識・排除されるだけでなく、免疫抑制環境下では腫瘍形成のリスクにもつながり得ます。
免疫原性克服に向けた研究戦略
iPS/ES細胞由来移植細胞の免疫原性を克服するために、いくつかの戦略が並行して研究されています。
1. 患者自己由来iPS細胞の利用
患者さん自身の体細胞からiPS細胞を樹立し、これを分化誘導して移植に用いる方法です。HLAが完全に一致するため、理論上は最も免疫拒絶のリスクが低いと考えられます。しかし、この戦略には課題もあります。
- コストと時間: 患者さんごとにiPS細胞を樹立・培養・分化させる必要があり、多大なコストと時間を要します。緊急性の高い疾患への対応が困難となる場合があります。
- 品質のばらつき: 患者さんの状態や細胞樹立の効率にばらつきが生じる可能性があります。
- 疾患の再現: 遺伝性疾患の場合、原因遺伝子異常がiPS細胞にも引き継がれるため、移植細胞も同じ疾患リスクを抱える可能性があります。
2. HLAホモ接合体iPS細胞ストックの活用
京都大学iPS細胞研究所(CiRA)が主導するiPS細胞ストックプロジェクトのように、日本人に多い特定のHLA型(特にHLA-A, -B, -DRB1の3遺伝子座)がホモ接合体である健康なドナー由来のiPS細胞をあらかじめ大量に準備しておく戦略です。これにより、多くの日本人患者に対して、HLAミスマッチを最小限に抑えた他家移植が可能となります。
このストック細胞を用いた場合、自己由来に比べて迅速かつ安定した品質の細胞供給が可能となります。しかし、完全に免疫拒絶を回避できるわけではなく、マイナーなHLAのミスマッチやその他の抗原による拒絶反応を抑制するため、ある程度の免疫抑制剤が必要となることが想定されます。現在、このiPS細胞ストックを用いた臨床研究・治験が進められています。
3. 遺伝子改変による免疫原性低減
CRISPR/Cas9などのゲノム編集技術を用いて、iPS/ES細胞にあらかじめ遺伝子改変を施すことで、移植後の免疫拒絶を抑制する研究も進んでいます。主なアプローチには以下のものがあります。
- HLAクラスI/II遺伝子のノックアウト: 免疫応答の引き金となるHLA分子の発現を抑制します。しかし、HLAクラスI分子の完全な欠失は、NK細胞による認識・攻撃を誘導するリスク(Missing self仮説)があり、バランスの取れた設計が必要です。
- 免疫抑制因子の導入: 免疫細胞の機能を抑制する分子(PD-L1など)を発現するように遺伝子を導入します。
- 免疫チェックポイント分子の操作: 移植細胞側で免疫細胞の活性化を抑制するシグナルを発するように改変します。
これらの遺伝子改変戦略は基礎研究段階にあるものが多いですが、将来的に免疫抑制剤の使用量を大幅に減らす、あるいは不要とする可能性を秘めています。複数の遺伝子改変を組み合わせる研究も行われています。
4. 免疫隔離技術の活用
移植する細胞を半透膜などでカプセル化し、レシピエントの免疫細胞や抗体が移植細胞に直接接触するのを物理的に防ぐ方法です。同時に、カプセル膜を通して栄養や酸素は供給され、細胞から分泌される生理活性物質(例えば、膵島細胞からのインスリン)は外部に放出されるように設計されます。
この技術は糖尿病に対する膵島移植などで研究されており、iPS/ES細胞由来の機能細胞への応用も期待されています。ただし、カプセル自体の生体適合性、長期的な機能維持、十分な細胞量を封入できるかといった課題があります。
臨床応用への展望と今後の課題
現在、iPS細胞を用いた再生医療の臨床研究・治験が、網膜疾患(加齢黄斑変性)、パーキンソン病、脊髄損傷、心臓病など様々な疾患で進行しています。これらの多くでは、免疫拒絶を抑制するために免疫抑制剤が併用されています。
将来的には、上述した免疫原性制御戦略の研究が進展し、より安全で効果的な細胞移植医療が実現されることが期待されます。特に、遺伝子改変技術やiPS細胞ストックの活用は、多くの患者さんへ再生医療を届けるための重要な鍵となります。
今後の課題としては、各免疫原性制御戦略の安全性と有効性の詳細な評価、長期的な移植細胞の生着率と機能維持の検証、そしてこれらの技術を組み合わせた最適化などが挙げられます。また、遺伝子改変細胞を用いる場合の倫理的な側面や、新たな安全性評価系の確立も重要となります。
まとめ
iPS/ES細胞由来の再生医療は、難治性疾患に対する希望をもたらす一方で、移植細胞の免疫原性という大きな課題に直面しています。自己由来細胞の利用、HLAホモ接合体iPS細胞ストック、ゲノム編集による免疫原性低減、免疫隔離技術など、多角的なアプローチによる研究が進められています。
これらの研究開発が進むことで、将来的に免疫抑制剤への依存が少ない、より安全で効果的な細胞移植医療が実現し、多くの患者さんのQOL向上に貢献することが期待されます。臨床現場におられる先生方におかれましても、この分野の最新動向は、将来の治療選択肢に大きな影響を与える可能性があり、引き続き注目していく価値があると言えるでしょう。